母の手
最近、血管が浮き出た手の甲を見ては母を思い出すようになっていた。夏真っ盛りのバス停には、
日焼けした黒い腕の女の子と日傘を差した母親が立っている。この光景は私と母の夏の思い出を蘇らせる。
◇
ごはんもおやつも作ってくれた魔法の手。食べれば皆美味しいが味噌おにぎりだけは、たまに
化粧品の味がした。留守番は苦手な私だったが、帰ってきた母の手で握られると、安心した。
ずいずいずっころばし、花札、指相撲を教えてくれたのも同じあの手だ。
「一人でも困らないように」や「ごはんが炊けて、味噌汁が作れれば何とかなる」が母の口癖。
濡れてもいいように風呂場で米研ぎをさせたり、料理を側で見せたりした。私はなるべく手を出さず、
目線より高い流し台からチラチラ見える手を眺めていた。
そんなある日、内緒でアイスを作ったことがある。母の喜ぶ顔が見たかった私は、手当たり次第に
調味料をマグカップに入れ、スプーンでかき混ぜ、冷凍庫に入れた。
「アイスを作ったから食べて」
「何を入れたの?」
「んーと、醤油 砂糖 塩 みりん 牛乳 マヨネーズ クレンザー….」
「そんなの食べられるわけないでしょっ」
叱られた理由が分からず、キョトンとしていた。このやりとりは私にとって、深く心に残っている。
今、目の前に同じ物を出されても私だって食べない。クレンザーが無かったら….。食べてくれたのか、
分からない….。
◇
バス停の親子だって、今は反対色だが、きっと似ていくのだろう。
母のおかげで、困らない程度の家事は出来ている。私の周りには、得体のしれない食べものを
作ってくれる子はまだいないが、これから出てくるかもしれないとワクワクしながら
今日も台所に立っている。
2017年9月