[春の思い出]
今年も春の季節がやってくる。
陽だまりの中、まだ片付けていない火鉢の掃除をする。燃え残った炭を手のひらに乗せ、
転がせてみる。かりんとうのようで、白く粉ふいた炭が、いとおしくなる。
◇
祖父母が生活していた福島は、5月になると、梅、桜、菜の花が一斉に咲く。
風が吹くとそれぞれの花びらが舞い、一枚の絵になる。まだ肌寒い中、歩きながら道中を楽しみ、
家にたどり着く。
都会から孫が来たらしいと近所のおばちゃま達がやって来る。
「ちよちゃんの孫かい?」
「いやぁ~、大変だったなぁ~(遠くからわざわざ、という意味)」
「きりんです」。三つ指ついてお辞儀しあうあいさつ。
「こたつにあたってくれろ」と火起こした炭を足してくれる。こたつの中にぶら下がっている靴下や
ふんどしは、あえて見なかったことにする私。
足元が暖まったころ、お茶うけにお手製のらっきょや梅干しが出てくる。
「都会の人は、らっきょうなんか食わねぇべぇ~?」「煮物なんか食わねぇべぇ~?」
「ハンバーグとかスパゲティとか食べてるんだべぇ?」。一つひとつ、おばちゃま達の質問に
答えていると、ストーブの上でお湯が煮立ってやかんがシュウシュウいっている。
急須にお湯を注いで白い湯気が立ち上がる。私の目の前にお茶がやってきた。やけどするだろうなぁと
思いつつすする。案の定やけどしてしばらく黙る。静かな時間が流れる。ふとおばちゃま達に
注目されているのに気づき、急いでらっきょを口に放り込む。やけどに冷たさが丁度いい。
「おいしいね」と口から出た。「うめぇべぇ。うちで採れたらっきょだべ」と
嬉しそうに答えるおばぁちゃん。
◇
今はらっきょうと梅干し作りは伯父が引き継いだと聞いた。堀こたつ入りに福島へ出かけようかな。
粉ふいた炭を見ながら、祖母も笑っている気がした。
2019年3月